取材・文・撮影 倉田楽
2021年12月、福知山市和久市町の住宅街にオープンした、クレープとたこ焼きのテイクアウト専門店「BITPECKISH 617」(ビットペキッシュ ロクイチナナ)。その人気ぶりは「ふくたん」倉田楽編集長の耳にも届いていた。倉田楽は「スイーツ専門店にオレのようなおじさんは似合わないよな」と言い訳をしつつ、スキップしながら店を訪れた。
わかりにくい場所なのに
客は次から次と来店
「BITPECKISH 617」(ビットペキッシュ ロクイチナナ)は、クレープとたこ焼きのテイクアウト専門店だ。2021年12月17日にオープンし、2022年2月ころから、福知山で名前が知られるようになった。
スイーツを愛する女性たちがInstagramで「ダイエットはこれを食べてから!」「気づいたら、この店に週イチで通っている」「ここのクレープ、ウマウマやわ~」と書き込んでいるのをチェックしていたオレは3月某日、「ほな、朝からクレープ食べに行くか」と腰を上げたのだった。
BITPECKISH 617の住所は福知山市和久市町238-2。大通りを一本入った住宅地にポツンとあるので、初めて訪れる人にはわかりにくいだろう。
午前10時45分。オープン直後だというのに、若い女性やカップル、小さな子どもを連れたママが店に訪れ、クレープやたこ焼きを買い求めているではないか。
店主にはたいへん失礼な言い方ではあるが、「わかりにくい場所なのに、想像以上の人気ぶりだ」と実感したものだ。
客専用の駐車場がないため、クルマで訪れた2組の客は意中の商品を注文したあと、店舗前の路上に止めた車内で待機していた。クレープやたこ焼きができあがったら、スマホに着信が入るのだという。
電話で予約をしていた客は、名前を名乗り、商品を受け取ってふたたびクルマに乗んだ。 なるほど、このスタイルなら駐車場はいらない。ファーストフード店のドライブスルーに慣れてている人なら違和感はないだろう。
気になったのは、ボックス型の店舗が、カーポート(屋根と柱だけの簡単な車庫)の下に設けてあることだ。
店舗か先か、カーポートが先か? 細かいコトが気になると、すぐに質問してしまうのがオレの悪いクセ。クレープを注文する前に、店主の小野川美香さんに尋ねた。
「こちらは美香さんのご自宅ですよね。店は駐車場につくられたのですね?」
「そうです。ここは私の実家なんです。カーポートが先にあり、店舗はそのあとにつくりました」
やはりそうか。それで店舗の屋根の上に、さらに駐車場の屋根があるんだね。
その日、注文したのは、春限定の「お花見クレープ」(630円)と、バナナ+生クリーム+カスタード+チョコのスクエアクレープ(410円)。 BITPECKISH 617のクレープは、片手で持つことができるコーン型と、カットしてあるスクエア型の2種類がある。スクエア型は4等分してあるので、シェアして食べることができるのだ。
クレープメニューは16品、トッピング(カスタム)は12品。すべてを書ききれないので、メニュー表を貼り付けておく。電話で予約する人は参考にしてね。
たこ焼きは、こだわり生地の「ソースたこ焼き」(6個入り410円、8個入り480円)。やみつきしょうゆの「ねぎたこ焼き」(6個入り480円、8個入り560円)の2種類。オレは、「倉田楽の人生に、たこ焼きは欠かせない。明日必ず食べる」と強く誓ったのであった。
ドリンクメニューも豊富だ。ホットコーヒー100円、アイスコーヒー、コーラ、カルピス、オレンジジュース、リンゴジュース、ジンジャエール、グレープソーダ、メロンソーダ、ウーロン茶は、Sサイズ150円、Mサイズ180円。すべてフロートにできる。Mサイズのみで各350円。
店頭で逆立ちしていると美香さんが声をかけてくれた。
「お花見クレープ、できましたよ」
これは「食べる花見」や、
口の中で溶ける春やんか!
ジャン! お花見クレープがオレの前に可憐な姿をあらわした。
クレープに包まれた小さな小宇宙。生クリームの山に、粉雪のようなさくらパウダーがのったさくら型いちごと、抹茶パウダーがふりかけられたこしあんと、淡いピンク色を帯びたわらび餅が並ぶ。
乳白色の聖地にさくらの花がはらりと舞い降りた様子を思い浮かべた。これ、”食べる花見”やんか。
いきなりさくら型いちごを口に含むと見せかけて、わらび餅をほおばる。不必要なフェイントをかますのは、オレの脳のクセだ。
薄いピンク色のわらび餅よ、おまえは、ぷにゅぷにゅした佇まいでオレをおだやかな気持ちにさせてくれる。オレは好きだぜ。
次にこしあんをなめる。じわじわっと甘みが広がる。ここで生クリームを舌ですくい、口の中で混ぜると、うひひひ、甘さの二重奏や。 さらに、さくら型いちごを口に含むとスイーツの多重構造が完成。オレの脳はウヒャウヒャと騒がしい。
脳内が静かになってから、口の中でやさしく溶けていく甘い春を味わった。
食べ終わってから、美香さんに聞いた。
「ところで、お花見クレープはいつまで販売されるのですか?」
「桜が散るころに販売終了する予定です」とのこと。あらら。
※事前にお断りしておきます。この記事をご覧になった時点で、「お花見クレープ」の販売は終了しているかもしれません。
次にバナナ+生クリーム+カスタード+チョコのスクエアクレープができあがり、美香さんが手渡してくれた。これは午後のおやつにしよう。
「ところで、美香さんはこれほどの技術とクリエイティブの才能をどこで体得されたのですか?」
「私はイオン福知山店にあった、たこ焼きとクレープの店にパートで8年間ほど勤めていました。そこで骨を埋めるつもりだったけど、つぶれてしまったんですよ」
なるほど。その店で培った調理の腕とコミュニケーションスキルが、自身の店で大いに活かされているのだな。美香さんのご主人も若いころにファミリーレストランに勤めていたので、飲食店で調理の経験があるため、店をつくるときとても心強かったそうだ。
忙しいときはご主人やお嬢さん、美香さんの友達も手伝ってくれることがあるが、店は基本的に美香さんひとりで切り盛りしている。
「好きなことをしたいと家族に言いながら、そのいっぽうで家族に協力してもらっています。だから私はいま、幸せです」
美香さんは、いったん調理の手を休め、目を細める。
「自営業の主人と一緒に、なにか商売ができたらいいなと思っていました。とにかく家族で商売をしたかったんです」
そんな話を聞いたあと、オレは事務所に戻った。3時のおやつに食べたスクエアクレープは、クレープと生クリームとバナナの相性が抜群だった。甘さと幸福感のふたつを同時に補給したオレの脳が、その後ふだん以上によく働いたことはいうまでもない。
「至高のブリュレ」と
職人技のねぎたこ焼き
3月某日、ふたたびBITPECKISH 617へ訪れた。
この日は、「ねぎたこ焼き」(8個入り、560円)を予約し、商品名が気になって仕方ない「至高のブリュレ」(410円)も店頭でオーダーした。近所の公園でたこ焼きを食べたいので、ドリンクも追加注文。ドリンクは、グレープソーダのフロート(350円)を選んだ。
たこ焼きが焼きあがるまでの少しの間、インタビューを試みた。
細かいコトが気になると、すぐに質問してしまうのがオレの悪いクセ。でもね、「答え」はいつも「問い」についてくるもの。つまり、疑問が生まれるから、正しい解答が得られるのよね。
「BITPECKISHは英語で『ちょっと小腹がすいた』という意味ですが、617とは何かの暗号ですか? 売上目標ではないと思いますが……」
「私の誕生日6月17日をそのままつけました」
ああ、これで疑問の1つは解けた。では、次の質問。
「この場所でテイクアウト専門店を立ち上げられた理由は何ですか?」
「店舗を借りるお金がなかったから自宅の駐車場に設けたんです。テイクアウト専門なら、ほら、飲食スペースを設けなくてもすむでしょ。それにテイクアウトだけなら、私だけでできるかなと」
自分ができる範囲で無理せずに商いを始め、長く続けていく。こういう起業の仕方は堅実だ。
焼きあがったたこ焼きを手渡してもらい、次に至高のブリュレをつくってもらった。
ブリュレは、カスタードにシュガーをかけてバーナーで焼きあげ、表面をカラメルにしたスイーツだ。内側に生クリームとカスタードが入っているので、表面と中身とでは食感と味が異なる。
できあがった至高のブリュレをしげしげと眺めたあと、オレは店頭で食べることにした。 表面はカリカリで香ばしいカラメル。ブリュレの醍醐味のひとつは、この焦げた表面を歯やスプーンで割る瞬間にある、とオレは思っている。2つめの醍醐味は、硬軟が混ざった食感だ。表面はやや硬く、中身はとろとろだ。
では、実食。「至高」というくらいだから、さぞかし……。うむ。ほほ~っ。表面のカリカリ具合が絶妙やんか。歯で割ると、その下にカスタード。
脳内をぐるぐるまわる驚きと称賛のワード。カスタードはしつこくなく、全体に甘いだけじゃない深い味わい。つまり、味に奥行があるのだ。
「こんなん、初めて食べるやつやわ~。脳内ウハウハ祭りやぁ~」
心が踊り、自然に笑顔になった。至高のブリュレが織りなす甘みは、オレの口内で華麗なステップを踏んだ。ダンス・ダンス・ダンス。
これほどのクオリティなら、わかりにくい場所であってもお客さんが訪ねてくるのは当然だ。それに加えて美香さんの明るくテキパキした応対がとても気持ちいい。
「人気店をおひとりで切り盛りし、大変ではないですか?」と美香さんに尋ねたら「大変にさせてもらっているから幸せ」と返ってきた。
調理したり、電話でオーダーを受けつけたりとたえず忙しく動く美香さん。その様子は楽しそうに見える。心の躍動が外面にもあらわれているのだ。
「もともと好きなんですよ、この仕事が……」
そして、数秒置いて、美香さんは意外な言葉を発した。
「倉田楽さんに、こんな小さな店を見つけてもらっただけでラッキーです」
美香さんの誠実な人柄もまた、この店の”隠し味”になっている。いや、隠し味どころではないか。それは「気持ちの良い応対」というカタチにかえて、もれなくついてくるのだ。
オレは最後に、取材に応じてくれた感謝の気持ち逆立ちで表現した。
その後、近くの公園のベンチに腰を下ろして、グレープソーダのフロートで喉を潤した。そして、口に運んだしょうゆベースのねぎたこ焼き。アツアツ、ほぐほぐ。
たこ焼きはソース味一択と信じこんでいる関西人には、ほぐぼぐ、驚きの一品かもしれない。でも、ほぐほぐ、しょうゆ味の和風たこ焼きは、あっさりしていて、じつに食べやすいのだよ。ほぐほぐ。ねぎの食感と、ふわとろ生地の相性もよい。これは再発見だった。
オレは8個のたこ焼きを一気にたいらげ、幸せな気分にひたりながら空を見上げた。吹き渡る春風が光って見えた。
【店名】 | BITPECKISH 617 |
【住所】 | 京都府福知山市和久市町238-2 |
【営業時間】 | 10:30〜18:00 |
【定休日】 | 不定休 |
【電話番号】 | 090-7583-1770 ※あらかじめ電話で予約しておくと待ち時間なく受け渡ししてもらえるから、予約しておくのがおすすめ。 |
【駐車場】 | なし |
【Instagram】 | https://www.instagram.com/bitpeckish617/ |
倉田楽 京都・福知山事務所代表。フリーの編集・ライター。美しいフォームでの「自撮り逆立ち」の追求をライフワークとする、神出鬼没で予測不能の男。