取材・文・撮影 倉田 楽
2022年春。冬眠から目覚めた「ふくたん」倉田楽編集長のもとに、福知山市駅前町に「おにぎりカフェKANOA CLIP(カノアクリップ)」がオープンしたというニュースが届いた。なにナニ、おにぎりが主役? うむむ、店主はミニマムにして最強のカードを切ってきたな。ならば、おにぎりそのものを存分に堪能しようじゃないか。倉田楽は3月某日午前8時半、はじめて「KANOA CLIP」のドアを開けた。
おにぎりコミュニーションと 「青い珊瑚礁」とハワイ
オレはジョージ・クルーニーやショーン・ペンと同年代。彼らと同様、人生後半に行くほど輝くタイプだ。オレの93歳の母親は、オレが若い頃にこんな魔法の言葉をかけてくれた。「おまえは自分の好きな道に進めばええ。焦らずゆっくり。おまえは大器晩成やから」と。それからン十年経ったけど、おふくろよ、オレはまだ大成していないぞ。
不意に思い出す。高校時代に受験勉強をしていた深夜、母がたまに夜食のおにぎりをつくってくれたことを。お皿の上に、かなり無骨な塩むすびが2個。 ところが、「母の体温が伝わってくるような塩むすびを口いっぱいにほおばり、母の愛情をかみしめながら猛勉強した」という記憶はなく、空腹が満たされたためか、オレはすぐに爆睡したものだ。母に感謝の気持ちを伝えたこともなかった。
振り返れば、深夜のおにぎりは、オレの大器晩成を信じる母とバカ息子がおにぎりを通じて交わした無言のコミュニケーションだったのかもしれない。名づけるなら「おにぎりコミュニケーション」だ。
2022年3月1日、福知山市駅前町217-5に「おにぎりカフェKANOA CLIP」がオープンした。おにぎりを主役にしたカフェと聞いたが、おにぎりは果たして飲食店で供する料理の主役になるのか? そんな疑問を覚えながら、コロナ禍の「おにぎりコミュニケーション」を求めて店へ向かった。
「こんにちは、ジョージ・クルーニーと同年代の倉田楽です」
「ようこそ、楽さん」
店主の久美さんが笑顔で出迎えてくれた。ジョージは、いやオレは、久美さんを見た瞬間に陽だまりのような女性だと感じた。
この建物は、かつて婦人向けの洋品店だった。しばらく空き店舗になっていた物件を、久美さんが借り受けてカフェにリノベーションした。 店内はカウンター5席と4人掛けのテーブル席で構成さている。道路側にしつらえた大きな窓が印象的だ。
オレはおにぎりセット(500円)を注文した。 おにぎり3ケ+自家製漬物+本日の味噌汁。朝ごはんにちょうどいい量だ。
むむむ、店内のBGMは松田聖子の『青い珊瑚礁』。細かいコトが気になるのが、オレの悪いクセ。久美さんと松田聖子の関係が気になって質問した。
「失礼ですが、久美さんは聖子ちゃんファンですか?」
「ええ、そうなんです。それで店内でもかけているんです」
「オレはジョージ・クルーニーだけでなく田原俊彦とも同年代です。あとで『哀愁でいと』のダンスを披露します」
「あら、まあ。わたし、10歳のときからトシちゃんのファンなんです」
トシちゃんファンということだけで久美さんのトシがわかるので、これ以上は言及しないでおこう。
おにぎりセットが出てくるまでにアレコレと推理をめぐらせた。
いま店内で流れている『青い珊瑚礁』の歌詞に「ああ、私の恋は南の風に乗って走るわ ああ、青い風切って走れ、あの島へ」という一節がある。つまり、南国の島が舞台だ。そして、松田聖子の主演映画『プルメリアの伝説 天国のキッス』(1983年公開)で、松田聖子はハワイに住む日系の女子大生を演じた。その頃、オレは情報誌の編集に携わっており、アーティストのインタビュー記事をはじめ、エンターテインメントの記事を書いていたので、映画の内容も主題歌も覚えている。
KANOA(カノア)はハワイ語で「自由」、CLIP(クリップ)は英語で「留める」という意味だ。店名にハワイ語を用いたということは、『青い珊瑚礁』と『プルメリアの伝説』にインスパイアされたということか?
細かいコトが気になるのが、オレの悪いクセ。久美さんに店名のいわれを聞いた。
「えっ、『青い珊瑚礁』と『プルメリアの伝説』は、店名とは関係ないんですよ。KANOA CLIPは、お客様にとってお気に入りの場所という意味を込めています」
オレの未熟な推理が珊瑚礁に乗り上げたところで、おにぎりセットが到着した。
「基本は私ひとりで営業しているので、お待たせすることがありますが、ゆっくりくつろいでくださいね」
どんな時代になってもおにぎりは シンプルにして最強の食べ物
おにぎりセットがオレを見ている。オレも見返す。
左に明太子をトッピングしたおにぎり、中央に塩むすび、右に昆布の佃煮をトッピングしたおにぎりが並ぶ。角が丸くしてある、なんと美しい三角形であることか。 つややかな米。きれいな米はうまいという法則があるらしい。まず明太子のおにぎりにかぶりつく。ふっくらもっちりとした食感でほんのり甘い。よく噛んで食べる。すると甘み旨みが広がっていく。
米をしっかりと味わうのだから、漬物や味噌汁もさっぱりした味がよいだろう。味噌汁をすすれば、これぞおにぎりを引き立てる味。
おにぎりをほおばりながら、久美さんに話を聴く。題して「おにぎりインタビュー」だ。
「ところで、どうしておにぎりだったんですか?」
「私は長年会社に勤めてきました。やがて自分の店を持ちたいと思うようになったんです。やるなら今かなと思い、娘にあとおしされ、店を持つことを決めました。お弁当屋さんとか、カフェとか、あれこれと考えましたが、私ひとりでできることは限られています。日本人には、お米を食べて元気に元気になってもらいたいと思うんです。そこでおにぎり一択(笑)でした」
おにぎりを主役にしたカフェという店のコンセプトを決めた経緯は、じつに潔くすがすがしい。野球にたとえるなら、直球一本のピッチャーのようだ。ならば、オレも一言入魂。フルスイングで言葉を紡ぐよ。
塩むすびを手に取って眺める。つやつやのお米が笑っている。オレの目には、米が笑っているように見えるのだ。 久美さんのトークが興味深いこともあり、「おにぎりコミュニケーション」はドンドン進んだ。
お米は、綾部市上杉町で生産された「コシヒカリ」を契約農家から供給してもらっているという。綾部は肥沃な土壌に恵まれ、朝夕の寒暖の差があることから米づくりに最適な地域だ。私が知っている綾部の人はみな穏やかで、一部の例外は除いて控えめで辛抱強い。たぶんこんな人であろうというコシヒカリ生産者の人柄を思い浮かべた。
おにぎりは米が命だが、じつは塩も準主役くらい大事だ。お店で使っている塩は、宮城県のうま塩だと教えてくれた。
「塩は沖縄産やクリスマス島のものなど、20種類ほど取り寄せました。辛い塩は好みではなく、辛さが控えめな甘い塩を求めました。味見をして、最終的に宮城の塩になりました」
辛さを抑えた塩は、大げさな自己主張をしない。存在感を消すことで、お米の旨さを引き立てる。まるでオレの性格のようだと苦笑した。
「塩はひとふり程度使われるのですか?」
「いいえ、そんなに使いません。指先に少量つける程度です」
なるほど。おにぎりの味を彫刻のように立体的にするのは、数粒の塩のなせる業だったのか。
「おにぎりが主役。塩は顔を見せないけれど、準主役といったキャスティングかもしれませんね」と、オレが感想を伝えれば、久美さんは満足そうな笑顔を返してくれた。
久美さんがおにぎりセットのなかに、必ず塩むすびを入れているのは、米と塩だけでこれほど奥深い味が生まれることを、お客さんに知ってもらいたいからなのだろう。
お米という素材を引き立てる引き算のメニューを考えれば、おのずとおにぎりにスポットライトが当たる。いや、スポットライトを当てる人がいるから、おにぎりが主役になれるのだ。
誰も気にしていないけど、「おにぎり」という言葉のなかには、ぎり(義理)が含まれている。義理とは、物事の正しい道筋だ。なるほど、だからおにぎりには一本筋が通っているのか。もちろん、これは言葉遊びだけど、着飾らないおにぎりを食べながら、シンプルさにあこがれる自分を見つけた。
コロナ禍にあり、閉塞感が続いている。ロシアや中国、北朝鮮などの国が関わる世界情勢も気になる。世界はいつも見事に複雑だ。混沌としている。
そのいっぽうで、おにぎりの愛おしく思えるほどシンプルなこと。スッピンでピカピカ。 どんな時代になってもおにぎりはシンプルにして最強の食べ物だ。なぜなら、お米に飽きる日本人はいないのだから。
ランチセットはおにぎりと 本日のメイン料理のW主演
後日談がある。日を改めてKANOA CLIPでランチセットを食べた。ランチタイムは11:30〜14:00。ランチセット(480円)は、おにぎり2ケ+自家製漬物+本日の味噌汁。 プラス300円で本日のメイン料理、プラス200円で小鉢がつく。さらにプラス150円でコーヒーか紅茶(レモン・ミルク)かハーブティがつく。
当日のメイン料理はチキンのトマト煮。トマト系に目がないオレは無条件でオーダー。本日の小鉢はナムルとごぼうのしょうゆ煮。あらら、これもオレの好物のストライクゾーン。
「全部ください。オールスターで!」
こうして、オレのプレートには、おにぎり2ケ、味噌汁、チキンのトマト煮、ナムル、ごぼうのしょうゆ漬、ラデッシュ漬物が並べられた。
このメンバーを見たとき、「大きさと色から存在感のあるチキンのトマト煮が主役で、おにぎりは脇役」と直感したものの、食べはじめるとその思いは気持ちよく木っ端みじんに砕けた。チキンのトマト煮はおにぎりの旨さを覆い隠すどころか、むしろおにぎりの味を浮き彫りにしてくれたのだよ。これは大きな発見だった。
おにぎりと本日のメイン料理は「W主演」だったのだ。見事なキャスティティングである。 オレは座ったまま、心のなかでスタンディングオベーションしたのだよ、マジで。
KANOA CLIPの「おにぎりコミュニケーション」に大満足し、店をあとにした。「おにぎりはどんな時代になっても最強だよナ」と自分に言い聞かせながら、駐車場まで意気揚々と歩いた。春風が心地よい午後だった。
【メニュー】
・おにぎりセット 500円(おにぎり3ケ+自家製漬物+本日の味噌汁)
・ランチセット 480円(11:30〜14:00限定)おにぎり2ケ+自家製漬物+本日の味噌汁
・プラス300円で本日のメイン
・プラス200円で小鉢 ・プラス150円でコーヒーor紅茶(レモン・ミルク)orハーブティ
【ドリンクメニュー】
コーヒー 400円
カフェオレ 450円
紅茶(レモン・ミルク) 400 円
ほうじ茶ラテ(アイスは夏季限定) 450円
オレンジ100パーセントジュース 350円
アップル100パーセントジュース 350円
フレーバーコーヒー(バニラマカダミア) 450円
店名 | おにぎりカフェKANOA CLIP |
住所 | 京都府福知山市駅前町217-5 |
TEL | 080-3113-6086 |
営業時間 | 日・月・水・金・土 10:30~20:30 ※8:00~10:00はペット同伴可 木 10:30~17:00 ※8:00~10:00はペット同伴可 |
定休日 | 火曜、第3日曜・月曜 |
駐車場 | なし |
https://www.instagram.com/kanoa_clip2022/ |
倉田楽 京都・福知山事務所代表。フリーの編集・ライター。美しいフォームでの「自撮り逆立ち」の追求をライフワークとする、神出鬼没で予測不能の男。