取材・文・撮影 倉田 楽
流し販売の『ヤキイモマン』の焼き芋は絶品だ。そんな噂を耳にした焼き芋大好きおじさんの「ふくたん」倉田楽編集長は、いてもたってもいられなくなり、春風に乗ってヤキイモマンに会いに行った。路上でヤキイモマンと初対面。口にした焼き芋の味は噂以上だった。
幸せの黄色いワゴンを
追いかけて福知山
「ヤキイモマン」という名前は、2022年2月ころからネット上で噂になっていた。
ヤキイモマンのInstagramを見れば、購入した人がヤキイモマンに、たとえばこんなふうに感謝や感動のメッセージを届けているのだ。
「ここの焼き芋は中毒になる!」
「まるで蜜のような焼き芋だ!」
「ヤキイモマンの焼き芋がおいしいと嫁さんが喜んでいたわ。4本頂戴!」
「ヤキイモマンの焼き芋を食べたら、勉強やスポーツを頑張れる気がする!」
これらのコメントは、ヤキイモマンを背後で操るバイキンマンの指示で誰かが書き込んだわけではなく、焼き芋を食べた人が素直な気持ちを書いたものだ。
「ヤキイモマン」という一度聞いたら忘れられない屋号。焼き芋を擬人化したインパクトのあるロゴマーク。店主がInstagramとTwitterに投稿しているペーソスあふれる洒脱なつぶやき。こうしたものから、自然ににじみ出る店主の人柄に好感をもち、興味を抱いた。
オレは焼き芋が大好きだ。焼き芋もきっとオレのことが大好きだろう。
だからヤキイモマンの焼き芋をぜひ食べてみたい。これほどまでにオレの心をかき乱し、魅了するヤキイモマンに会いたい。
でも、どうすれば、どこへ行けば、ヤキイモマンに会えるのか?
福知山市を中心に石焼き芋の移動販売をしているヤキイモマン。ふだんは福知山市とその周辺を黄色いワゴンでまわりなら「流し売り」をおこなっている。InstagramのDMで注文すれば、配達もしてくれるという。また、展示会やイベントにも出店している。
3月某日。ハードな仕事を終え、心身ともに疲労のピークに達していたオレは、自分を甘やかしたくなった。すかさずInstagramにDMを送った。
「こんにちは、倉田楽と申します。ヤキイモマンさんの焼き芋を購入したいので、こちらから出向きます。本日の流し販売の予定を教えてください」
ヤキイモマンに、自分がいる場所まで「配達に来てもらう」のではなく、こちらから、わっせわっせと「出向いていく」のがオレの真骨頂。
会いたい人に会いに行くのに、免許も資格も技術も必要ない。情熱と時間があれば、誰にでも容易にできることだ。
こうしてオレは「幸せの黄色いワゴン」を追って福知山市内を駆けた。そして、ヤキイモマンが〇時に〇〇にいると教えてくれた福知山市土師の待ち合わせ場所へ到着。やがて黄色いワゴンが、オレの車の背後からゆっくりやってくるではないか。鼓動が高鳴った。
オレは車から飛び出し、黄色いワゴンに向かって駆けだした。
「ヤキイモマンさ~ん。倉田楽でーす」
ヤキイモマンは、驚いたレッサーパンダのような顔でオレを見ていた。
ゆる~く「焼き芋のカリスマ」を
目指すヤキイモマンの心意気
その日は、あいにくの雨天。そこで、近くのカフェ「Studio Taka Coffee(スタジオ・タカコーヒー)」(福知山市土師新町4-2)に移動した。
テーブル席に座り、ヤキイモマンとタイマン。いやケンカじゃないから対談だ。ヤキイモマンがシャイな人かもしれないと推測し、顔を隠して話ができるよう”ヤキイモマンお面”を持参した。これが役に立った。
ヤキイモマンと一緒に「湘南コーヒー」を飲みながらインタビュー開始。
「ヤキイモマンとしての活動はいつからですか?」
「開業は2022年です。それまでは会社員をしながら、屋号をつけず副業のように焼き芋販売をしていました。会社を辞めて完全に自由になったので、『ヤキイモマン』という屋号をつけて正式にスタートしたんです」
そうか、ヤキイモマンは少し前までスーパーマンでもスパイダーマンでもバットマンでもなくサラリーマンだったのね。オレは「マン業界」の俳優なら、ポール・ニューマンとジーン・ハックマン、ダスティン・ホフマンが好きだけど、それは黙っていよう。
ヤキイモマンは、その日にまわるコースをSNSで発信している。でも、それだけで焼き芋の流し売りが成り立つのだろうか?
「InstagramとTwitterを始める前は、SNSでの告知なしで、福知山市内で流し売りをしていました。しかも仕事を終えてから。流し売りといっても、あちこちに常連さんがいるので、それを目指して出向くんです。展示会やイベントにも参加して焼き芋を販売しました。現在も、たまに出店しています」
なるほど。ヤキイモマンは、地道にファンを増やしてきたのだ。やがてヤキイモマンの名は、福知山市内で少しずつ知られるようになっていた。コツコツとじっくりと、時間をかけて焼き芋を焼くように。
ヤキイモマンは、温和な表情でボソボソと話す。誠実さがじんわりと伝わってくる。
「では、ヤキイモマンさんは、サラーマンを辞めて、なぜサンドイッチマンやドアマン、スタントマン、ガードマンではなく焼き芋販売を選ばれたのですか?」
「いろいろ考えました。オシャレなカフェとか、ホットドッグやタコスの移動販売とか。そのなかで、焼き芋だけはなんの許可もいらなかったんです。芋を焼くだけのこと。初心者でも入りやすかったんです」
そうはいっても「そうだ、焼き芋を始めよう!」と志したその日から焼き芋販売ができるわけではない。ローマは1日にしてならず。焼き芋だって同じだろう。焼き芋修行についた聞いた。
「壺に入れて芋を焼く壺焼き芋という焼き芋があります。5~6年前から興味をもち、勉強をしていたんです。今でこそ壺焼き芋は普及していますが、当時は大阪や茨木にしかありませんでした。その後、焼き芋ブームが起こり、広く知られるようになりました。ただし壺焼き芋は移動できない。また、1回に10~15本しか作ることができず、効率が悪い。そこで某所へ石焼き芋を学びにいきました。いずれ店を構えたら、壺焼きにも挑もうかと考えています」
ヤキイモマンは一見ひょうひょうとして見えるが、じつは努力の人だった。オレは「いずれ壺焼きに挑みたい」と話すヤキイモマンの内に秘めたロマンを感じ取った。そうだ、「ヤキイモ」と「マン」の間に「ロ」を挿入すれば、「ヤキイモロマン」になるではないか。イヒ。
焼き芋にするサツマイモは、契約農家から仕入れているという。品種は、紅はるかだ。九州沖縄農業研究センターによって2010年に品種登録された、比較的新しいサツマイモの品種で、糖度が高いことで知られている。
「焼き芋だけでやっていくことに不安がないわけではありません。これからどーしましょ、って感じです。でも、焼き芋販売には定年がないので、健康であればなんとかやっていけるでしょ。えへへ……。今は急に売れ始めて、まだ実力が追いついていない状態。でも、これから『焼き芋のカリスマ』にならないといけませんね」
強烈な自己主張はなく、いたって謙虚なヤキイモマン。風に吹かれてケセラセラ。テイク・イット・イージー(気楽にやろう)精神で、レッド・イット・ビー(あるがままに)な人柄は親しみやすく、オレはすっかり魅了された。
では、こんなヤキイモマンがつくる焼き芋をいただくとするか。
実食。オレ史上最高の味
口の中にぷわ~っと広がる幸福感
ヤキイモマンが販売している焼き芋の値段は、1本300円~400円。2本で700円だ。 あたたかい焼き芋のほか、冷たい焼き芋もある。
ただしサツマイモは箱で入荷し、個数が少ないと単価は上がる。芋が小さいと250円や300円で販売することもあるという。
「はい、変動性が高いのです」
「味は変動性ではない?」
「味は安定しています。さあ、どうぞお召し上がりください」
ほくほくねっとり。ほぐほぐうっとり。ほほ~っ。ふうふう、はうはう。
ほおばると口の中にじわーっと蜜が広がっていく。どのようにしたら、これほどの糖度になるのか?
あらたな焼き芋の地平線が見える。 ほくほく、ほぐほぐ。口の中をぐるぐるめぐる甘み。脳内に余白がないほどの幸福感に満たされる。全身がじわじわっと甘さで覆われる。オレ史上最高の焼き芋だ。
ヤキイモマンの焼き芋マジックにかかったのか? オレはいま、焼き芋の中で暮らしているのか?
ふわふわっとしたやさしい気持ちに満たされる。今なら、相性のよくない奴にもやさしく接することができそうだ。
「これを食べたら頑張れる」と言った子どもの気持ちが今、リアルにわかる。焼き芋が届けてくれる、ささやかだけど、確かな甘い時間。この瞬間に、生きている実感をぎゅっとつかむ。
その日、ヤキイモマンの焼き芋を持って実家に立ち寄り、高齢の母にプレゼントした。母は焼き芋をひと口かじり、ポロポロと涙を流しながら、こうつぶやいた。
「こ、こんなにおいしい焼き芋を食べたの、わ、わたし、はじめてやわ~。ヤキイモマンさんに御礼いうといてね」
日常生活のなかで「小さな幸せ」をかき集めて生きている、オレを含めた地域の人たちに、焼き芋を通じて、とびっきりの幸福感を届けてくれるヤキイモマン。
幸せの黄色いワゴンは、今日も福知山周辺を走っている。食べた者を笑顔に、場合によっては涙を誘う焼き芋を運びながら。
ヤキイモマン
※営業時間・定休日、流し売りの予定はInstagram、Twitterでご確認ください。
※予約と配達希望者は、Instaram、TwitterのDMで連絡してください。
倉田楽 京都・福知山事務所代表。フリーの編集・ライター。美しいフォームでの「自撮り逆立ち」の追求をライフワークとする、神出鬼没で予測不能の男。