取材・文・撮影 倉田 楽
傷ついたり、かかとがすり減ったり、サイズが小さすぎたりして履かなくなった靴を捨てずに持っているアナタとキミ、オレに朗報だ。福知山市周辺に住み、靴を大事に履く人たちが待ちに待った靴修理専門店が今夏、福知山市厚中町にオープンした。店名は「ta shoerepair and(タ シューリペア アンド)」。「ふくたん」倉田楽編集長は、修理してほしい靴を抱え、ほくほく顔で店を訪れた。
キミやあなたやオレの履けなくなった靴の救世主
2019年12月に東京から福知山市へUターンしたオレは、靴修理専門店が福知山市と周辺にないことを知り、落胆した。
東京在住時代、オレは最寄りの靴修理専門店で何足もの靴を修理してもらい、長く履き続けてきた。それが、大げさにいえば、ライフスタイルとしてしみこんでいた。
シューズボックスの中で息をひそめる靴のうち、5~6足はソールがすり減っているため、今では足を入れることがない。また、1足は冬に厚いソックスを履いて足を入れると幅が窮屈すぎるので「これは履けないなぁ」とあきらめていた。
そんなある日、具体的には2021年8月18日、福知山市厚中町に靴修理専門店「ta shoerepair and(タ シューリペア アンド)」がオープンした。おお、オレの靴の、いやオレだけじゃなく、キミやあなたの靴の救世主が遂にあらわれたか。
オレはためらうことなく「ta shoerepair and」へ向かった。幅が狭くて足を入れて歩くと痛みが走るサイドゴアブーツ(こちらはアウトドアブランド「コロンビア」の防水シューズ)ほか数足を抱えて、期待感に胸をふくらませて。
「はじめまして、ポンコツ親父の倉田楽です!」
「こんにちは、田中です」
オレの変化球のような挨拶を笑顔で捕球し、出迎えてくれたのは、店主の田中壮太さん。おお、フレンドリーでさわやかな印象だ。しかも”靴が大好きな職人”といった佇まい。この店主はきっと信頼できるゾ、とオレは直感した。
靴を「売る」「捨てる」以外の選択肢は「修理して履く」
オレの事務所のシューズボックスには、30足ほどの靴が行儀よく並んでいる。 一緒に海外を旅した靴、大好きな女の子との最初のデートで履いた靴、大きな仕事のプレゼンを決めたときに履いていた靴……。すべての靴に”思い出”と”時間”がソースのシミのようにしみついている。
オレは、靴と洋服、とくに靴を容易に”断捨離”できない種類の人間である。それは、こんなふうに考えているからだ。愛着のある靴を大切に扱い、修理して履き続けることは、トシを重ね、どんどんポンコツになっていく自分を大切に扱うことと同じだと。
ケガをした自身の身体を丁寧に治していくような気持ちでリペアする。修理を終えたら、また履く。歩いて、駆けて、ジャンプして、履き倒す。靴がその命を使い果たして臨終するまで履き尽してやるのが、持ち主の誠実さではないか。
そのいっぽうで、ヤフオクやメルカリで販売し、その代金を元手に新しい靴を買うという選択肢は、リサイクルの観点から歓迎する。「誰かの不用品は、誰かの宝物になる」ことを理解しているからだ。 ところが、ソールがすり減ったり、ヒールが破損したりしている靴の場合、1,000円前後まで売り値を下げも買い手はつかないだろう。中古市場では、修理しないと履けない靴に商品価値はない。
こういった現状に加え、オレが靴を修理して履いている理由のひとつに、「新品を定価で買うより修理したほうが安い」というコスト面でのメリットがある。靴の修理費は、靴の定価に比例しない。50,000円以上する高価な靴であっても、10,000円以下のデイリーユースの靴であっても修理費は同じだ。 たとえばレディースのピンヒールの修理費は1,000円(以下、すべて消費税別)程度、かかとの修理は2,000~3,000円程度、ソールを張り替えても10,000円程度。それでも、ほとんどの場合、新品を買うより安いだろう。
提言しよう。履かなく(履けなく)なった靴を「捨てる」「売る」以外の第3の選択肢、 それは「修理して履く」だ。シューズボックスの中で、出番がなくてしょんぼりしている靴をリスタートさせてあげられるのは、キミとアナタとオレと僕と私なのだよ。
こんな考え方の持ち主なので、東京で雑誌や新聞の出版・編集の仕事をしていた2年前までは、最寄り駅の近くにある靴修理専門店で何足もの靴を修理してもらっていた。満足のいく修理をほどこしてもらい、オレの靴は延命した。
東京はもとより大都市では、靴を修理して履く文化が定着している。都会人がケチなのではなく、人口が多く街にモノがあふれているからこそ、価値のあるモノを見極める審美眼を持った人も地方と比べて多くいるということだ。
東京には、靴をはじめ、バッグや財布、洋服の修理などのサービスを提供する店が多くある。 だからリペアする文化が根づいたのか、リペアして使うというニーズがあるから専門店が生まれたのか、どっちが先なのかは定かではない。どちらが先であれ、都会では靴修理や洋服のリペア&リサイズサービスだけを提供する店が成立し、リペアする文化が根づいている。
いっぽう、靴修理専門店がなかった福知山には、靴を修理して大切に履き続けるという文化が生まれることはなかった。愛着のある靴を修理して履く人は、個人でメーカーに靴を送って修理してもらうか、京都市や大阪市にある靴修理専門店に出かけ、修理を依頼していた。そう、福知山市に「ta shoerepair and」が誕生するまでは。
よみがえるがいい、オレの愛着ある靴たちよ!
「田中さん、オレの靴、修理してちょうだい!」
「はい、どのような修理なのか、おうかがいしましょう」
オレは「ta shoerepair and」のカウンターに靴を置き、説明を始めた。 「(クラークスのソールを見せながら)クレープソールがこんなにすり減っていていると、歩くときにバランスが取りにくくなるんです。それにソールが1㎝減ると、ほら靴を履いた時、以前と比べて身長が1㎝ほど低くなるでしょ。オレの場合、普段でも背が低いのに、これ以上背が低くなりたくないんですよ。だからソールを修理して延命したんです」
田中さんは、修理方法を説明してくれた。
「はい、わかりました。劣化しているソール自体を取り替える方法と、すり減っている部分を削って、同じ素材で補強する方法とがあります。
クラークスのデザートブーツのソールは生ゴムで、それが大きな特徴となっています。このソールが嫌であれば、ソールを違う素材に張り替えることもできます。その場合、以前とくらべ履き心地が変わります。ソールの全面張替えの期間は約1カ月、料金は1万円ほどかかります。 いっぽう、すり減った部分をカットし、同じ素材で補強する方法は1週間程度で修理できます。料金は2,000円です。そして、きつい靴を伸ばす修理も約1週間かかります。料金は700円です。すべて消費税別です」
田中さんはソールの張り替えのサンプルとして、スニーカーのソールの種類を見せてくれた。なるほど、依頼者の好みのソールに変更できるのね。ちなみに、スニーカーのソールをすべて取り替える場合、修理期間は3週間から4週間かかるとのこと。
それはさておき、「ソールを全部張り替えるか、それともすり減った部分を補強するか」問題に直面したオレ。うーん、どっちがいいのか……。
すると田中さんはこんな提案をしてくれた。
「この靴の場合、ソールを全部張り替えなくても、延命処置によってこれからまだ履けると思います。僕はやらなくてもよい修理は、あまりおすすめしません。お客様の予算もあることですし……」
おお、なんと、なんと、お店の利益よりオレの利益を最優先してくれるのね。 田中さんの提案に納得したオレは、クラークスのデザートスピリットの黒と茶2足とも、かかとだけ修理する方法を選択。コロンビアのサイドゴアブーツの幅を広げてもらう修理も依頼した。
さあ、よみがえるがいい、オレの愛着ある靴たちよ!
【今回の修理依頼内容】
クラークスのデザートスピリットのクレープソールのかかとのすり減り修理:2000円(消費税別)×2足
コロンビアのサイドゴアブーツのサイズ調整:700円(消費税別)×1足
靴修理Before After、アンド靴談義の時間
田中さんは綾部市出身。大学生時代に教員を目指したが、途中であきらめた。学生時代にサッカー部に所属していたので、子供たちにサッカーを教えていた時期もあったという。
「少年サッカーのコーチから、いきなりサッカーシューズを修理する職人になったのですか?」
「いいえ、そういうわけではありません。もともと靴が好きだったので、京都市内の靴修理専門店に就職したんです」
田中さんはそこで靴修理の技術を体得。また、靴修理の奥深さを知り、やがて自分の店を持ちたいと意欲するようになった。
「店を出すにあたり、地元であり、また靴修理専門店のない京都府北部を場所として選びました。その中から交通の便や人口などを考慮し、福知山に出店することにしたんです」
「出店の場所に、オレが住む福知山を選んでくれてありがとうございます」
オレは丁寧に御礼を述べた。田中さんは少し照れていた。
「ta shoerepair and」が提供するサービスは、ソールの張り替え、かかとのすり減り修理、サイズ調整、インソールの交換、靴磨き、クリーニングなどだ。
「田中さん、汚れたスニーカーのクリーニングもできるの?」
「はい、できます。スニーカーの素材には、本革、合皮、綿、合成繊維などがあるので、素材によってクリーニングの方法は異なります。手洗いする場合もありますし、洗わずに表面の汚れを落とす方法もあります。気軽にご相談ください」
靴修理のサンプルを見せてもらった。せっかくなので「Before After」を紹介しよう。
Before
After
Before
After
Before
After
修理した靴と一緒に戻ってきたオレの時間
9月某日、修理を依頼した靴が仕上がったと連絡をもらい、「ta shoerepair and」を訪れた。
「はい、修理完了しました」
田中さんは、クラークスのデザートスピリット2足、コロンビアのサイドゴアブーツ1足をカウンターの上に置いた。
Before
After
ソール面とサイド
かかとを修理した靴を履いて歩いてみる。あっ、歩きやすい。以前のように歩くときにバランスを取らなくてもよい。安定感が戻ってきたぞ。
「まるで長年冬眠していた人が目覚め、時間が動きはじめたみたいです。というか、この靴を履くオレの時間が戻ってきました」
「……楽さんの独特の表現で満足感が伝わってきました。ああ、よかったですね」
田中さんは一緒に喜んでくれた。
続いて分厚いソックスを履いてコロンビアのサイドゴアブーツに足を入れてみた。
おっ、靴幅に余裕が生まれた。歩いても痛くない。
「おお、ひとつ上のサイズの靴に交換したみたいです」
これで今回の修理は終了した。すべて満足のいくサービスだった。
と、そのとき、不意にひらめいた。店名「ta shoerepair and」のアンドは、「(靴修理)ほか雑多」という意味だけど、じつは「アンド」には隠されたテーマが2つあることに気づいたのだよ、マジで。
1つは「本当にきれいに修理できるのか、と少し心配だったけれど、修理後の靴を見て”安堵(あんど)”した」という依頼者の気持ちをあらわしたアンド(安堵)。
もう1つのアンドは、靴修理を介して靴好きが「靴談義に花を咲かせる場所と時間」なのではないか。
オレが勝手に洞察力を働かせただけなので、田中さんの真意はわからないけれど、ともあれオレは「安堵」と「靴談義タイム」は、「ta shoerepair and」の大きな付加価値だと理解し、にやっと笑った。
「田中さん、ありがとうございました」と言って笑いながら店を出たとき、修理した靴と幸福感を一緒に抱えているような気分になり、足取りが軽く感じられた。
一歩また一歩と軽快に歩いた。「靴に限らずモノを大事にすることは、人生を丁寧に生きることにつながる」そんな法則があるとすれば、ポンコツ親父のオレだけでなく、きっと誰にでも当てはまるはずだと頷きながら。
【data】
店名 | ta shoerepair and(タ シューリペア アンド) |
住所 | 京都府福知山市厚中町112-1足立エステート1F |
TEL | 0773-48-9925 |
営業時間 | 11:00〜19:00 |
駐車場 | 店の正面に2台駐車可 |
定休日 | 木曜 ※不定休もあるのでInstagramでご確認ください。 |
https://www.instagram.com/ta_shoerepair_and/ |
倉田楽 京都・福知山事務所代表。フリーの編集・ライター。美しいフォームでの「自撮り逆立ち」の追求をライフワークとする、神出鬼没で予測不能の男。