★歩くときはココを見よう!
福知山音頭のブロンズ像のポーズの秘密
広小路通りのいたるところに置かれている福知山踊り(福知山音頭)のブロンズ像に注目。光秀による福知山城築城の際、領民たちは「ドッコイセ」の掛け声とともに木材を運んだり、石垣を積み上げたりしたそうです。そのときの足の運びや手振りが、のちに福知山踊りになったといわれています。
編み笠をかぶった浴衣姿の女性の踊り手をかたどったブロンズ像は、広小路通りに合計16体あります。じつはそれぞれ踊りのポーズ(手ぶり)が違うのです。福知山踊りには16の手ぶりがあります。16体のブロンズ像は、その1~16までの手ぶり再現したもの。だから1体1体のポーズが異なるのです。
★約100年前の写真、ココに注目!
先頭の芸者衆のポーズ
木製の音無瀬橋を渡る芸者衆。その数、ざっと100名。これは1925(大正14)年頃に撮影された写真です。では、芸者衆は何をしているのでしょうか? また、どこへ向かっているのでしょうか?
じつは川向うの猪崎(いざき)新地で働いている芸者衆が踊り流しながら、盆踊り会場である広小路へ向かっているところなのです。先頭の芸者さんの手ぶりに注目してください。踊りながら歩いていることがわかります。また、三味線を弾く地方(じかた)が踊り手のほうを見て調子を合わせていることも見てとれます。
広小路の盆踊り会場は芸者衆の踊りで始まり、市民や観光客は彼女たちのあとについて朝まで町を踊り流したそうです。
倉田楽 京都・福知山事務所代表。フリーの編集・ライター。美しいフォームでの「自撮り逆立ち」の追求をライフワークとする、神出鬼没で予測不能の男。